大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)18868号 判決 1999年2月19日

原告

株式会社スイングジャーナル

右代表者代表取締役

加藤幸三

右訴訟代理人弁護士

榎本峰夫

被告

株式会社径書房

右代表者代表取締役

渡辺豊

被告

中山康樹

右両名訴訟代理人弁護士

的場徹

長谷一雄

佐藤高章

福﨑真也

右両名補佐人弁理士

網野誠

網野友康

初瀬俊哉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、「スイングジャーナル青春録」との書籍題名中に、「スイングジャーナル」の表示を使用してはならない。

二  被告らは、原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成一〇年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

被告中山康樹(以下「被告中山」という。)が「スイングジャーナル青春録・大阪編」と題する書籍(以下、右書籍を「本件書籍」と、右題号を「本件題号」ということがある。)を執筆し、被告株式会社径書房(以下「被告会社」という。)がこれを出版した。原告は、被告らの行為は、原告の著名商標である「スイングジャーナル」を使用するもので、不正競争防止法二条一項二号に定める不正競争行為に該当すると主張して、被告らに対し、右題号の使用の差止め及び損害賠償の支払を請求した。

一  争いのない事実

1  原告

原告は、昭和二二年六月からジャズ音楽の専門誌「スイングジャーナル」を販売し、その後もジャズ関係の雑誌及び単行本を発行した。

2  被告らの行為

被告中山は、本件書籍を執筆し、被告会社は平成一〇年三月、本件書籍を出版した。本件書籍の定価(税抜き)は、二四〇〇円である。

本件書籍の表紙部分等には「スイングジャーナル青春録」の文字が本件書籍の題号として表示されている。

二  争点

1  本件書籍の表紙部分等に「スイングジャーナル青春録」と表示した被告らの行為は、不正競争防止法二条一項二号の定める商品等表示の使用に該当するか。

(原告の主張)

本件書籍の表紙部分等の「スイングジャーナル青春録」という表示は、以下のとおり、商品(書籍)の表示である。すなわち、「スイングジャーナル」は原告の商標であり、「スイングジャーナル社」は原告を指す。スイングジャーナル社の青春録というものは存在しないこと、本件書籍の内容からしても、本件書籍は「スイングジャーナル」又は「スイングジャーナル社」の青春録ではなく、被告中山自身の青春録であることから、本件題号は、本件書籍の内容を説明的に表示しているものではない。

したがって、被告らは、著名な「スイングジャーナル」という商品等表示を、自己の商品等表示として使用していることになり、被告らの行為は、不正競争防止法二条一項二号に該当する。

(被告らの反論)

本件題号は、著作物の内容を表示したものに過ぎず、著作物と一体として認識されるものである。したがって、本件題号は、不正競争防止法二条一項二号所定の「商品等表示」ではなく、その使用は、同号所定の「使用」には当たらない。

2  損害額

(原告の主張)

本件書籍は定価が二四〇〇円で、発行後現在までに少なくとも五〇〇〇部は販売された。その一割が原告の著名商品等表示の使用に対して通常受けるべき金銭の額であるから、損害賠償額は一二〇万円である。

(被告らの反論)

原告の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  右第二、一の事実及び証拠(甲一、乙一)によると、次の事実が認められる。

1  本件書籍は、いわゆる厚表紙を用いて製本・装丁され、表紙の上にやや厚めの上質紙でカバーが掛けられ、さらに、カバーの上から幅約六センチメートルの帯紙(いわゆる腰帯)が巻かれ、右の状態で販売されている。カバーの表には、中央上部に「スイング」「ジャーナル」「青春録」の文字が三行に分けて大きく縦書きで、上部右側に「中山康樹」の氏名が若干小さく縦書きで、左側には小さく掲載された写真の下方に「大阪編」の文字がやや小さく横書きで、下方に「径書房」の社名が小さく横書きで、それぞれ記載されている。カバーの背部分には、「スイングジャーナル青春録」の文字及びその下方に「中山康樹」の氏名が、いずれも大きく縦書きで、「ジャーナル」の左側に「大阪編」の文字が小さく縦書きで、下方に「径書房」の社名が小さく横書きで、それぞれ記載されている。カバーの裏には、「中山康樹」「スイング」「ジャーナル」「青春録」「大阪編」の各文字が小さく記載されている。

また、帯紙の表には「ぼくには、音楽しかなかった」「元編集長が語る、音楽と笑いの日々―60年代、夏。ボクは道頓堀でジャズという大学に入学した」の文章、背部分には「青春音楽文学」の文字、裏には「はじめて「5スポット」の店内に足を踏み入れたのは、高校一年の冬休みだった。(中略)なかったのは、レコードを買うお金と、将来に対する展望だけだった。」の文章、がそれぞれ記載されている。

2  本件書籍には、原告の元編集長だった被告中山が、原告を退職したときの話から始まり、大阪生まれの被告中山が、学生時代にジャズを知り、ジャズの世界に引き込まれたこと、「スイングジャーナル」の雑誌を知ったころのこと、友人と作った同人誌を原告に送ったこと、原告の編集長と知り合い、上京して原告の下で働くようになったこと等が書かれている。

二  右認定した事実に基づいて、被告らの行為が不正競争行為に当たるか否かを判断する。

まず、「スイングジャーナル青春録・大阪編」は、本件書籍の題号として用いられていること、本件書籍を特定するに際して、他の特別の表示は一切用いられていないことに照らすならば、本件題号が、本件書籍を表示し、他の商品と区別するために付されていること、すなわち被告の商品表示に当たることは明らかである。この点の被告らの主張は採用の限りではない。

次いで、本件題号を付した被告らの行為が、不正競争防止法二条一項二号所定の他人の商品表示の使用に当たるか否かについて検討する。

自己の商品表示中に、他人の商品等表示が含まれていたとしても、その表示の態様からみて、専ら、商品の内容・特徴等を叙述、表現するために用いられたにすぎない場合には、同法同号所定の他人の商品等表示を使用したものと評価することはできない。特に、当該商品が書籍であるような場合は、世上、書籍の内容等を窺わせる題号を選択した結果、題号の中に他人の商品等表示を含むことは、しばしばあり得るが、そのような場合に、直ちに、他人の商品等表示を使用したものとすべきではなく、右の観点から判断するのが相当である。

前記のとおり、本件書籍は、原告の元編集長を勤めた被告中山が、雑誌「スイングジャーナル」と出会ったこと、ジャズを中心に青春時代を送ったこと等がエピソードを交えて記述され、また、その帯紙には、本件書籍の内容のあらましが、顧客や読者に理解できるように簡潔に説明されている他、「青春音楽文学」と表示されて、本書の特徴が一言で表現されている。このように、本件書籍の内容、帯紙の体裁等からすると、本件題号は、本件書籍の内容、特徴を的確に表現するために、選択されたものということができるのであって、題号の選択について、通常と異なる不自然な印象を与える点はないと解される。この点につき、原告が主張するように、本件書籍は、被告中山の青春録であって、雑誌ないし会社の青春録ではないが、文字数に制約のある書籍の題号という性格に照らすならば、「スイングジャーナル元編集長青春録」としない限り、書籍の題号として適切を欠くものであるとはいえないし、また一般人をして誤認させるものともいえない。確かに、本件題号には、原告の商品等表示と同一又は類似である「スイングジャーナル」の文字を含んでいるが、そうであるからといって、前記のとおりの体裁等及び社会通念に照らすと、本件書籍に接した顧客ないし読者は、通常、「スイングジャーナル」部分を、原告の営業活動と関連させて認識することはなく、むしろ、専ら、本件書籍の前記のような内容を説明する部分であると理解すると考えるのが相当である。

(のみならず、「スイングジャーナル青春録・大阪編」は、一体のものと認識するのが相当であるから、「スイングジャーナル」と類似するものとは判断できない。)

したがって、本件書籍の表紙部分等に「スイングジャーナル青春録・大阪編」と表示した被告らの行為は、不正競争防止法二条一項二号所定の他人の商品等表示と同一若しくは類似のものを使用した行為に該当するものとはいえない。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。

(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官八木貴美子 裁判官沖中康人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例